ロトの勇者 ぶちょうの憂鬱
〜『ゆううつ』って書けますか?〜
ジャンル ドラクエ関連
作者 ぱかぽこ さん
投稿日 2001.5/28.15:09
前書き:さあ、どうしよう。








  『ドラクエ関連』ということで。

  題:ロトの勇者 ぶちょうの憂鬱  〜『ゆううつ』って書けますか?〜  真実編 1


                                       ぱかぽこ 作



 母は、焦点の定まらない瞳で空を見つめたまま、その場に立ち尽くしていた。ブローズが差し出した手を見ることもなく、またお盆が自らの手から離れたことにも、全く気が付いていないようだった。腕を腰の位置まで上げたまま、身じろぎすらしなかった。
 ブローズは、水差しの乗ったお盆をベッドの脇の小さなテーブルに置き、そこに軽く寄りかかった。腕を組み、無言で私達を見つめていた。
 また、外で犬が鳴いた。その声は徐々にではあるが、確実にこちらへと向かっているようだ。不意に、じりっと音を立てて、この部屋唯一の灯かりが消えた。開け放ったドアからもれる廊下の灯かりは、黒い母の輪郭をオレンジ色に縁取り、部屋の中に長い影を作った。それは時折ゆらゆら揺れて、まるで何か別の生き物のように、床の上で蠢いていた。
 「・・・あの人は、本当に死んでしまったの。」
 母は、誰かに尋ねるように、自らに言い聞かすように、否どちらでもないようで、どちらでもあるような、不思議なトーンで言葉を紡いだ。だから私は、何も答えなかった。
 「あの人は、本当にもう、いないの?」
 長い影が、ゆらっと動いた。母は、私を見ていた。
 「・・・もういないんだ。私が父さんの最後を、看取ったから。」
 「本当に?本当?あの人は、死んだの?」
 「・・・本当に、死んでしまったんだ。」
 床の上の影は、ウネウネと動き始めた。少し風が出てきたのだろうか、それは影の動きに拍車をかけた。
 立ち尽くしている母と、影の中の母、私には影の母の方が本当の母のように思えてきた。私は、酷く不安になった。
 「・・・あ、灯かりを・・・」
 点けなければ。このままでは母が、化け物になってしまう。早く灯かりを・・・
 けれども、私の体は椅子にぴったりと吸い付いてしまって、少しも動かなかった。いや、動けなかった。母がこちらを見ていた。得体の知れない不安と恐怖が、私の中で行き場を求めてさまよっていた。
 これは、本当に、母なのか?私の知っている母は、もっと・・・。もっと・・・?・・・母は、どんな人だった?思い出そうとすると、余計に母の像は記憶の底に埋もれてしまった。いつも顔を合わせていたはずなのに、私は母の何を見ていたのだろう。あぁ、私の感じた、父を求め、私を欲した母の姿は、本当に母だったのだろうか?少なくとも目の前の母は、私の中にいる母ではなかった。
 「・・・あいつは、死んだのね。もう、この世にはいないのよ・・・ね。二度と私の前には現れない・・・。」
 全身に、腐った水に浸して濡れぼそった雑巾で、背中を撫でられたような、気味の悪い悪寒が走った。
 「あいつはもういない。死んだの。死んだのよ。あいつは死んだの。・・・私は、もう・・・。」
 黒い影は肩を震わせて、身をよじりながら、笑い始めた。耳の奥にへばりつく、嫌な笑い方だった。
 これはもう、母ではない。話すべきではなかったのだ。息苦しくとも穏やかな生活が、確かにさっきまでは有ったのだ。私が旅をしている間に出来た、お互いを隔てていた溝も、時が経てば修復されたかもしれない。そうすれば、父の死も緩やかに母の中に入っていき、こんなに取り乱すことはなかったかもしれない。そして、私さえ黙っていれば、あのことも母には・・・。あぁ、全て憶測に過ぎない。今でも未来でも、母は同じかもしれない。けれども、今目の前にいる女は、母ではない。父を『あいつ』と呼ぶなんて、・・・しかしなぜ、『あいつ』なのだろう?こんなにも憎しみを込めて呼ぶなんて、何が彼女をそうさせているのか?私の知らない何かが、彼女と父の間にはあったのだろうか。それとも、彼らの間の空白の時間が彼女の中に、憎しみを生んだのだろうか?
 「あいつのせいで、私はどれだけ苦渋を舐めさせられたか。勇者の妻、オルテガの妻、・・・私は妻という名前ではないの。皆私に期待する。朝は早くから、家事に育児に励んで、夜は遅くまで、夫と子供の帰りを待たなきゃならない。夜の十二時に床につくと、夫と子供は危険を顧みずに世界の為に戦っている、おまえはどうして眠れるんだ?と、翌朝早くにたたき起こされる。一日洗濯をしなかっただけで、周りから陰口をたたかれ、嫌味を言われる。手抜き、一人で気ままな生活、少し男の人と話しただけで、浮気、恥知らず、不埒な女。・・・もうたくさんよ。私はいつ休んでいいの?休んではいけないの?品行方正、良妻賢母、勇者の妻だから?周りの人に、私は勝手に作られていく。私は何?皆の玩具じゃないわ。」
 彼女は、肩を震わせて、笑いながら泣いていた。
 「あなたが帰ってきて、やっと肩の荷が一つ下りたと思ったのに、あなたはここが退屈だと言うの。出たいと言うのよ。いつも何も言わずに、目で訴えて、ため息をついて、私から目をそらして、いつもここから逃げようとして、・・・本当に逃げたいのはこの私よ。でも私は逃げられない。オルテガの妻、勇者となったあなたの母、だから・・・。一生ここで・・・。人形として・・・。世間の望む、聖母のように、生きていかなくてはならないの・・・。」
 支えを失った人形のように、ずるずると床に崩れ落ち、ドア枠に体をもたれ掛けて、彼女は呆けていた。涙の跡が幾筋も、やつれた頬に刻まれて、彼女を一層老いさらばえて見せた。醜く、哀れで、悲しい姿・・・。これは、未来の私の姿だ。
   やはり、彼女は私の母親だった。同じように悩み、苦しみ、けれども私よりも重い物を二つも抱えて、この広いアリアハンに、たった一人で生活していたのだ。私は、苦しいのは自分だけだといじけて、全てを母の所為にして殻に閉じこもり、一人で戦っていた母を解ったような振りをして、無意識のうちに見下して、本当に、子供だ。何も解っていなくて、何も見ないようにして、何も出来ない振りをして、母に甘えて、ブローズに甘えて、自分は逃げることしかしていない。
 本当に、情けない。
 気付かないうちに、私の顔には笑みが浮かんでいたようだ。
 私は、間違いなく、母の子だ。そのことが、無上に嬉しかった。それに気付かせるきっかけを作ってくれたブローズには、感謝の気持ちが絶え間なくあふれてくる。母は、未だに呆けているのに、私の心は穏やかに晴れていた。不謹慎ではあるけれど、私はとても幸せだった。今更ながら、私は母とブローズを愛していたことに気付いた。
 これまで、母にもブローズにも迷惑をかけっぱなしで、私は彼らに何もお返しをしていない。私が彼らにできることは、何だろう?それは、これからゆっくりと決めていけばいい。時間は有るのだから。
 「・・・母さん。・・・あの・・・、私・・・。」
 その瞬間、母は私を見て、せわしなく瞬きをした。パクパクと開いた口からは、喘ぐような言葉にならない呟きが漏れ出ていた。母は、ふと、ブローズを見た。
 そしてよろよろと立ち上がり、ブローズに向かって、ぎこちなく歩き出した。しかし、道行半ばでよろめいて、ブローズに支えられた。ブローズに抱かれるような格好になったまま、母は彼の腕を指が白くなるほどに、きつく握り締めていた。傍目にもわかるほど、母の顔は蒼白で、体中ぶるぶると震えていた。
 「・・・ご・・・・・い・め・・・・ごめ・な・い・・・・さい・・・・・ごめんな・い・・んなさい・・・・・・ごめんなさい・・・。」
 歯の根があわぬまま、母は何度も何度も謝罪した。
 「どう、したの・・・?母さん・・・?」
 「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・。助けてあげられなかったんです。私が付いていながら、あんな事になってしまったんです。私の所為なんです。罰を受けなければいけないのは、私なんです。一生かかっても償いきれない。逃げたいだなんて、嘘です。喜んで受け入れます。それで許されるとは思いません。これからあの子に降りかかる災厄は、全て私が引き受けますから、どうか、どうか、あの子を幸せにしてあげて下さい。あの子は、可哀想な子なんです。どうか、あの子を、幸せにしてあげて・・・。」
 そう言って、母はブローズに縋りつくようにして、泣き崩れた。ブローズは、困惑した表情で私を見つめた。しかし、私には何も答えられなかった。ブローズを見つめて、そして母に視線を移した。
 母は、少しの間に小さく、弱くなったように見えた。あの子って、誰のことだろうか・・・?母は、私のことを言っているのだろうか?なぜ、謝る?償うって、何を?なぜ?
 「母さん!一体どうしたのよ。何で謝るの?母さんは何も悪いことなんか、していないじゃない。悪いのは、母さんを一人残していった、私と父さんじゃない。母さんの気持ちなんて考えないで、自分のことしか頭になくて、母さんに冷たく当たって、辛い思いさせてしまった私の方が謝らなきゃいけないのに、何で母さんが謝るの?償うって、何よ?わからない。お願いだから、私に教えて。ね?」
 母は、我に返ったように濡れた顔を上げ、ブローズを見て、私を見て、またブローズを見た。
 「・・・ブローズさん、・・・あなたは、この子を、愛しきれるのかしら・・・?いえ、信じきれるのかしら・・・?」
 「俺は・・・。」
 「どんな事があっても、幸せにできるかしら・・・?」
 「・・・俺は、・・・その為に、これまで旅をしてきたつもりだ・・・。その為に、人を傷つけ、時には・・・殺した・・・。だから、大丈夫ですよ。」
 ブローズは、満面の笑みを浮かべた。少年のような、屈託のない笑顔だった。
 「・・・そう、そうなの。・・・ありがとう・・・。」
 母も、その笑顔に答えた。母は、心底嬉しそうな表情をして、ブローズの耳元に唇を近づけた。そして、そっと耳打ちをした。その声は、あまりにも小さくて、私には聞こえなかった。
 家の外で、犬が吠えた。何かに向かって短く吠えていた声も、次第に寂しげな遠吠えに変わっていった。
 ブローズの目が、見開かれた。そのまま私を見て、二三度瞬きをした。
 あぁ、犬の鳴き声が煩い。何を言っているの?私が、何?
 犬の声は、唐突に消えた。近所の家が、何か犬に向かって投げたようだ。乾いた音が、夜の帳にこだまして、それきり犬は鳴かなくなった。
 静かになった部屋の中、少しだけ母の声が聞こえてきた。
 「・・・あの子は・・・ね。」
 母とブローズは、私を、見た。







    真実編 2 に続く





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眠い。休みだからって、夜更かしはいけないですね。やっぱり、真実編も3まで続くみたいです。

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