ロトの勇者 ぶちょうの憂鬱 〜『ゆううつ』って書けますか?〜 |
ジャンル | ドラクエ関連 |
作者 | ぱかぽこ さん | |
投稿日 | 2003.8/19.00:41 | |
前書き:読んでくれる全ての人に感謝です。 |
題:ロトの勇者 ぶちょうの憂鬱 〜『ゆううつ』って書けますか?〜 根因編 2 ぱかぽこ 作 翌日も、また翌日も、その本はそこにあった。黒いビロードの背表紙は、明かり取りの小窓から漏れる光を受けて、つやつやと輝いていた。その質感は、初めて手に取った時の違和感を優しく否定し、さあ読んでおくれとあたしを誘っていた。あれは気のせいだったのではと、次第に思うようになっていった。 そしてあの日、あたしはいつものように書庫へ行き、文献を紐解いていた。風もなく、穏やかな日だった。 初めは虫の羽音のような振動だった。音の主を探しても、見つけることができなかった。耳鳴りかと思い耳を塞いでみると、音はきれいに消えた。では、何かがこの部屋にいるのだ。 ごく稀に、廊下を伝い虫や鳥などが奥まった部屋に迷い込むことがあった。これもそれであろうと、あたしは再び文献を開いた。そして、その音はいつの間にか消えていた。 次は、堅い物が小刻みに揺れるような音だった。稀に、馬車の大群が城の前を通ることがあったが、その時などは食卓の上に並べられた食器類は小さな音をたてて一様に震えた。しかし、そのゆれは同時に体にも感じるような振動だった。今回のように、体には感じないのに、物が揺れることなどあるのだろうか。 その時あたしは、とても嫌な予感がしていた。しかしあえてその可能性を無視した。まさかという思いと、そんなはずはという思いが交錯し、あたしの中で巡っていた。 ぞくり、と背筋が粟立った。魔法が働く時特有の、見えないものがうねる感触。それは、背後からあたしの体に触手を伸ばしていた。かたかたと震える音はまだ続いていた。 振り向いてしまいたい。全てが徒労だったと、自分を笑いたい。 触手が背中を這った。 振り向けば、捕らえられる。 触手が体に巻き付いてきた。 振り向いてはいけない。 「母上。」 「お母さま。」 あどけない子供たちの声が聞こえた。 疑問符があたまの中をかけ巡り、あたしの思考をうばった。 振り返ると、そこには誰もいなかった。ただ、黒い本だけが上下に揺れ、棚板にぶつかり音を発していた。 目が合った、と感じた。それは、にやりと笑った。あたしは捕らえられた。 導かれるように黒い本に歩み寄り、それを手に取った。やはりそれは、しっくりと手になじんだ。 表紙に手をかけ、そして開いた。 中は、少し黄ばんだ白い紙だった。何も書いていなかった。 瞬間、火花が飛び散った。その衝撃で、あたしは本をほおり投げ、あたし自身も飛ばされた。背後にあった卓や置物をなぎ倒し、あたしはしたたかに背中を打ちつけた。肺から空気が漏れた。 本はなおも火花をまき散らしながら、震えていた。中を舞う埃にその火花が引火して、ジッと嫌な音をたてて燃えた。床が石でできていなければ、幾つも焦げを作っていただろう。 あたしは押し出された空気を少しずつ取り戻し、なんとか起き上がることができた。体の節々が強ばり、服は冷や汗でぐっしょり濡れていた。 薄暗い。 先ほどまで明かり取りの窓から差し込んでいた光は、暗い靄のようなものに阻まれ、床にたどり着く前に儚く消えた。靄は濃い部分と薄い部分とに別れ、流動していた。良く見ると、靄は細かな粒子からなっており、各々がぶつかりあい反発しあって、うねる湖面のような文様を描いていた。 あたしはその粒子を吸わないように、痺れの浅い方の手で口元を押さえ、本の元に這っていった。 本は、開かれたまま火花を散らしていた。何も書かれていなかった紙には、所々黒いシミが浮いていた。靄はそのシミから少しずつ漏れだしていた。火花が飛ぶにつれ、そのシミは数を増していった。やがてシミ同士が、乾いた地面を濃く染める雨のように、重なりあい不規則な模様を描きながら、紙を黒く塗りつぶしていった。そして全てが黒く染まる頃には、火花は終息に向かっていた。 絶え間無く溢れだしていた黒い粒子は、一所に集まりだし、やがて濃密な闇の固まりを作り出した。うねる靄の中、それは盛り上がり、延び縮みしながら次第に人型をとった。人型とは言っても、はっきりとした頭や四肢があるわけではない。頭から布を掛け、その中で時折何かがうごめいて、人のような体躯の輪郭を浮き上がらせるようなものだ。明らかにそれは、他の闇とは異質の物だった。 ゆらりと闇が持ち上がった。 それは音を発した。 獣のうなり声。幾重にも重なりあい、反響しあって、闇を震わせていた。 いつの間にか、この空間に満ちた全ての靄が、同じ一つの闇を形成していた。 闇は、息を吐いた。 「あぁ、眩しい。」 男の声だった。それはあたしに視線を定めた。 「女か。・・・運がいいな、とうにその気は失せたわ。」 闇が天井まで伸びた。ゴウ、と空気が震えた。 「礼を言うぞ、女。」 「あ、あんたは、誰?」 「ここは、どこだ?」 「・・・ラダトーム・・・。」 「・・・ラダトーム、消失したのではなかったか・・・。」 「あんた、一体何者だい?」 「おまえは王の妻だった女に似ている。…そうか、王の縁者か。ならばただ者ではない力を感じたのもうなずける。…見れば見るほど、良く似ておる。本当に、惜しいの。」 そう言って、闇は息を吐いた。 闇の発する言葉は、昼下がりにお茶を飲みながら談話している年寄りのように間延びしていて、常軌を逸したこの空間の中にはあまりにもそぐわなかった。 「もう当の昔に消えたはずの胸の高まりが、おお、音をたてて燃え上がる。この感覚は久しいの。生まれ変わって最初に目に入れたものがこの顔とは、皮肉な運命よの。我が物にできる力が備わったというに、手放さなければならないとはの。ほんに、惜しい。」 「い、一体、あんたは何者…?」 震えを押さえようとした声は、妙に上擦った情けないものになった。 闇はその声に全身を震わせ、幾度も呻いた。 「その声よ、我が心を揺さぶるは、愛しき女の…。」 闇は、伸び縮みしながら様相を変えた。一刻もこの場から逃げだしたい衝動をかろうじてこらえ、あたしは再度問うた。 「一体、あんたは何者なんだい?一人で完結するのはやめとくれ。」 先ほどよりはしっかりした声に、闇はぴたりと伸縮を止めた。値踏みするようにじっとあたしを見ていた。ややあって、闇は微かに脈打った。 「…これは、彼の女にあらず。昼霞のように儚く繊細で、いつ消えてしまうかと不安に心苛まれ、片時もその姿を視野より手放したことなど無かった、彼の女ではない。彼の女では…。」 闇はしばらくぶつぶつと呟いていたが、その声は次第にこもった笑い声になった。 「…くっくっ、改めて礼を言うぞ。とうに過ぎ去った妄執の渦に飲み込まれるところであったわ。」 「あんたは何者なんだい?」 もう四度目になる問いを投げかけた。闇は、表面を波立たせながら答えた。 「我は、かつてラダトームの王に仕え、才も技も持ち合わせてはおらぬ、唯の魔法使いであった。いくら修行に励んだところで、その力はたかがしれている・・・。ただの、雑用係だった。」 闇は、ふっと息を吐き、続けた。 「復讐よりも、今は彼の闇より離れたことのほうが大きい・・・。そう、喜び、希望、なんと清々しい言葉であろうか。我は生まれ変わったのだ。かつての王に謀られ、闇に落とされ、闇と化したこの身をその王の血筋に助けられようとは。」 「我が闇の世界に落とされてから、一体どれくらいの時が流れたのかは解らぬ。ただ、かつてのラダトームがあった所には、・・・ふん、船着場があるばかりか。」 闇は目を細めて、遠くを見ていた。 「その頃の王は、魔術の才に長け、その力により国を治めていた。そして我は、その王に使える一魔法使いであった。王は、この世界のものは全て粒子の集合体であると主張し、我々をその研究へと駆り立てていた。」 ある時、我は王に呼ばれ、王のみが使う私室へ向かった。道中我は穏やかではなかった。大して取り柄のない我を、王はどうなさるおつもりだろうか。すでに身寄りもなく、帰る家もない我に、暇をだそうと言われるのではないだろうか。 いざ王の前に出てみると、我の足はどうしようもなく震えた。王は我に椅子を勧め、当たり障り無く我の身の上について尋ねられた。我は隠すようなものなど無かった故、両親は子供の頃に流行り病で失い、妻も子も無いことを告げた。王はその答えに満足なさったようで、微笑まれながら我に哀れみの言葉を掛けられた。そして王は、こう続けられた。 「おまえにしかできぬ仕事があるのだよ。どうだろう、やってくれないか?無理強いをするつもりはないのだが、もしだめだと言うのならこの仕事は誰か他のものに頼むしかない。・・・私は、おまえにこそふさわしい仕事だと思うのだよ。」 我に、その依頼を辞する理由などあろうか。我はにべもなく引き受けた。こんな栄誉なことは、今後いつやって来るか分からない。 我の諾の返答に、王は大層喜ばれた。そして早速ことを起こされた。 「これを、おまえに試してもらいたいのだよ。」 差し出された物は、表面は傷一つ無くつやつやと白く輝き、その実、夜よりも深き漆黒の、掌に乗るほどの丸みを帯びた石であった。王はその石の表面を指先で愛撫し、その感触を楽しんでおられた。「これは、闇の石である。オリハルコンと対なすものなり。」 我がその石をおしいただくと、王はそう言われた。 王のとなえる理論は、全ての物は粒子より成る。土、水、生けるもの、そして光さえも。目には見えぬ細かな粒子が寄り集まって、様々な形を成している。風は見ることはできぬが、梢を揺らし、船の帆をはらませる。そこには、見ることのできぬ何かが存在するのだ。そして、オリハルコンは光が形となったもの、ならば闇も集めて形と成せば、強大な力が得られるのではないか。 それは、この世の秩序たる精霊ルビスを否定するものであった。王は、王の理論により闇の石を作られたのだ。 そして我に託し、何をなさろうとするおつもりなのか。 あの頃の我は愚かであった。力を持つ王を崇拝し、全幅の信頼をおいていた。 「どれほどの力を持つものなのか、確かめてほしい。」 使おうにも、使い方が解らなかった。我がそれを問うと、王は笑顔で返された。 「なに、力が欲しいと願えばよい。後は石の発する流れに任せれば、気が付いたときには全てが平穏無事に終わっているだろう。…恐れることはない。事が起きたら、私が助けよう。これでも私は頼りになるのだが、…不安かい?」 我は、王の言葉に頷き、瞼を閉じて石を両の掌に包んで思った。 我は王の心に叶うべく、平穏無事に事を済ませねばならぬ。全てが終わった暁には、きっと王の近くに召し上げられ、一介の魔法使いではなくなるのだ。 力を。 何者にも侵されない、唯一無二の力を。 我は、唯、・・・・・・・・・。 我として、多の中の多ではなく、個として多の中に在りたいのだ。 そのために、多にはない、力を、我に。 眩暈を感じ、さらに強く瞼を閉じた。手のひらの中で石が脈打った。握り締めた指の間を押し広げ、何か質量のあるものが滑らかに流れていった。それは脈打ちながら量を増し、指の楔をあっさり解いた。 解放した闇は、巨大な柱となって城の大部分を破壊し、さらに天に達して穴をうがった。闇に揉まれ翻弄されながら、我が最後に見たものは、闇の刃に切り刻まれ肉片と化していく王の姿であった。狂喜の笑顔を張り付けたまま王の首は宙を舞い、無作為に放たれた刃によって、一撃のもと両断された。 闇の解放が収まると、今度は徐々に一点に集まり始めた。宙に散って見ることができなくなっていた粒子は、互いに引き寄せあい幾筋もの黒い伏流を形成した。それらはやがて絡み合いもつれながら数本の本流となって我のもとへと注ぎ込んできた。 闇は、元の形へと戻ろうとしていた。我を核にして、あの掌に乗るほどの丸い闇色の石の姿に還ろうとしていた。 そして、我は、・・・我は・・・。 ・・・本当に、悪いことは重なるものだね。闇が一通り話し終えた後、よりによって、あの子達があの部屋にやってくるとはね。どんな得体の知れないことになっていても、そのときほど絶望を感じたことはなかった。 「母上・・・、一体これは何ですか?」 「お母様・・・。」 「ああ、オルテガ!オルファを連れて早くお行き!だれもここへ近づけてはいけないよ。」 あたしが言い終わる前に、闇の触手はかちりと扉を閉めた。丁寧に鍵までかけて。 「母上!」 オルテガは腰に差した剣を抜き、闇の塊へと踊りかかった。体に合わせた短い剣は、闇に触れる前にその触手に捕らえられ、あっけなくもぎ取られた。オルテガのまだ幼い体も、新たに伸びた触手に絡めとられ容易く宙に浮いた。 あたしは、その時とっさに、扉の鍵を開け、震えるオルファを外へと追いやった。助かる可能性のある者を助ける。事の正誤を問うつもりはないが、母親として息子を見捨てたことに変わり無い。けれども、あたしの力が、この瑞々しい闇にかなうとはとても思えなかった。 けれど、遅かった・・・。 オルファを外へ出し、再度鍵をかけて振り向くと、闇の触手が光球を持っていた。しかし、闇の触手がその光に当たると、ふつふつと音を立てて闇色の靄がはじけて消えた。消える先から新たな靄が光球を包んだ。 「これはこれは・・・。さすがラダトームの血。そこらの現身では耐えられぬほどの魂の輝き。これなら、よくよく生け贄ともなろう。」 さらりと恐ろしいことを言う闇に、あたしは一瞬思考が止まったね。魂?生け贄? 「な、何をバカなことを言うんだい。魂って、・・・まさかオルファ・・・。」 闇の靄から時折漏れる光球の輝きは、中に舞う靄を一撫でして消していった。そのたびに部屋中が、明るくなっていった。闇は忌々しげに手近に有った水晶の珠に、光球を押し込めた。そして次の瞬間、それをあたしに投げつけた。手のひらに乗るほどの珠は、弧を描いて宙を舞い、差し伸べたあたしの両手に納まった。 「我がこの闇の中で、先に生け贄となっていた者達の肉片と意識の残滓で力を蓄え、ようやく外界へ出られるようになったのは良いが、闇同士の絆は存外強くてな。我が持ち出す闇の代わりとなり、我の抜けた穴を埋めて闇を騙すことのできる生け贄が必要なのだ。必要なのは質量ではない、力だ。」 いつの間にか、あたしの体も闇の触手に囚われていた。あたしは、とんでもないことをしてしまったと、本当に悔いた。自らの手で決着をつけることもできずに、後の者に全てを押し付け、ただ闇の中で悶えるのだ。 「約束するぞ、我を助けしラダトームの若き女王よ。この地の者達がくだらぬ抵抗などしなければ、町は残しておいてやろう。故に、安心して闇の世界へ旅立つが良い。親子三人、仲良くな・・・。」 闇の塊が宙に浮き、あたしとオルテガの体を引き寄せた。 「あんた、一体・・・。」 すれ違う瞬間、闇は笑って、あたしの耳元で囁いた。 「我が名は、ゾーマ。闇を統べる王なり。」 邂逅編 3 に続く @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@ 今一番読んで欲しい人が、ここに来てくれるのか不安です。 @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@ |