ロトの勇者 ぶちょうの憂鬱
〜『ゆううつ』って書けますか?〜
ジャンル ドラクエ関連
作者 ぱかぽこ さん
投稿日 2001.11/10.22:53
前書き:この前、かにの刺身とマツタケの炭火焼を食べた。死ぬほど美味かった。美味い物は大好きだ。








  題:ロトの勇者 ぶちょうの憂鬱  〜『ゆううつ』って書けますか?〜  邂逅編 1


                                       ぱかぽこ 作



 それから一週間、私は身の回りを整理して過ごした。タンス一つ分の、衣類や他のこまごまとした物を、要る物と要らない物とに分けた。長い間開けていなかった引出しからは、小さい頃に遊んだ玩具や色あせた子供服などが、遠い記憶の懐かしい思い出と共に多数出てきて、片付けは一向にはかどらなかった。
 そうだ、以前この引出しを片付けたのは、バラモス討伐の旅に出た時だった。王や町の人々から送られる期待のこもった眼差しに励まされる反面、もう帰ってはこれないかもしれないという漠然とした不安に掻き立てられて、夢中で私物を整理したのだ。
 あの時だいぶ捨てたと思っていたのに、古臭い匂いのする物達は、引出し一杯分にもなっていた。
 ルイーダに貰った綺麗な酒瓶の蓋、出来そこないの母の似顔絵、そして父の姿を写したつもりでこねた粘土細工。捨てたはずの物が次々と床に並べられていき、そして私はあの時と同じようにまた迷っていた。
 出発すべき時は、もう既に過ぎているのに。

 階下から、母が私を呼んだ。
 部屋のドアを開けると、廊下には母が焼いたパンの匂いが、ふんわりと立ち込めていた。胸が痛くなるほど、優しい香りだった。
 ブローズに寄り添い、私が私になる為に心に誓った決意が揺らいだ。
 ・・・捨てられない過去の物は、全て私の心だ。
 階段を下りると、果たして母は台所にいた。テーブルには、焼きたてのパンが入った藤のかごが置いてあった。それには、既に埃除けの白い布巾が掛けられていた。
 「これを、ブローズさんに届けてくれないかしら。」
 ブローズは今宿屋に泊まっていた。結局、ブローズがうちに泊まったのは、あの一晩だけだった。二日目には、気を使ったのか、母が止めるのを静かに辞退し、宿屋に向かった。
 「今日は風が強いから、布巾が飛ばないように気を付けるのよ。」
 母は、いつになく穏やかだった。
 「・・・わかったわ。」
 「大したおもてなしも出来なくて、ごめんなさいと伝えてちょうだい。」
 「・・・わかった・・・。」
 「・・・・・・・・・。」
 私は、何かを言いかけた母の言葉を待った。母の目が私の目を射た。私は、目をそらした。
 息苦しい。
 「・・・じゃあ、行ってくるわ。」
 母は、私にかごを渡した。微かに触れた母の手は、驚くほど冷たかった。
 この息苦しさは何だろう。
 重い足を叱咤して、私は扉へ向かった。母の吐息が聞こえた。
 「気をつけて、行くのよ。」
 母の声は震えていた。振り向いた私の目に映った母は、静かにそこに佇み、柔らかな微笑を湛えていた。その微笑みは、母の顔にジプシーの化粧のように張り付いていた。
 「行って、きます・・・。」
 私は、扉を開けて外に出た。そこで詰めていた息を吐き出した。
 そして、宿屋に向かって歩き出した。
 背後に、母の視線を感じながら。

 程なくして宿屋に着いた。ここはルイーダの酒場よりは多少遠いが、土地柄上露店が立ち並び、歩いて行くにはとても楽しい。最近旅商人が出店するようになり、益々活気付いてきた。世の中が平和になったからだろうか、この町の人口も、日に日に増えてきていた。
 私は宿屋の裏口に回り、日当たりの良い中庭で木箱に座って、剣の手入れをしているブローズを見つけた。
 ブローズもすぐに私に気付き、手を休めて立ち上がった。
 「すごく、いい匂いがする。・・・そのかご?」
 私はブローズにかごを渡した。
 「・・・おっ、もしかして、卵にハムにシーチキンに・・・。照り焼きチキンのサンドウィッチ!」
 ブローズは布巾を取り、胸いっぱいに匂いを嗅いだ。いつになく表情が緩んだ。
 「・・・母さんから。大したおもてなしも出来なくて、ごめんなさいって。」
 「そっか・・・。かえって気使わせちゃったかな。」
 「今からでも、家にくる?母さんきっと喜ぶわ。」
 「いや、それだけはやめておく。この前の晩に、よくわかったから・・・。」
 母さんと私がおかしくなった時だ。
 「・・・ごめんなさい。」
 「え?・・・あ、違う違う。おまえのせいじゃなくて、・・・個人的な問題だから・・・。」
 「そう、なの・・・。」
 「まあまあ、昼にはちょっと早いけど、せっかくのご馳走が逃げちまう。おまえも食べていくだろ?」
 なぜか少し赤くなりながら、ブローズは椅子代わりの木箱に私を誘った。早速布巾を取り、美しく並べられたパンを手に取り、一口。
 「・・・・・・美味い!」
 その後は表情を緩めて、何度も美味い美味いと呟きながら、あっという間に二個三個と平らげた。私が二つ目を食べようとする頃には、もう無くなってしまっていた。
 やはり母の焼くパンは、他の誰が焼いた物よりも数倍美味しかった。慣れ親しんだ味というものもあるだろうが、このサックリもっちりした感触は、今だ母のパン以外では味わったことがない。
 全てきれいに食べ終わったブローズは、かごの中のパン屑をはらっていた。かごの底に敷いてあった布巾をつまみ、そこでふと動きを止めた。
 かごの中から出てきたブローズの手には、白い封筒が握られていた。
 宛名は、ブローズになっていた。そのきれいな字は母のものだ。
 出かける前に見た母の姿がまなかいに浮かんだ。
 ブローズは、封筒から手紙を取り出し、広げた。字を目で追うブローズの表情が、見る見る強張っていった。
 「ブローズ?」
 私の声には答えずに、ブローズはたった一枚の手紙を何度も読み返していた。
 やがて、顔を上げたブローズの目には、うっすらと涙が溜まっていた。そのままの瞳で私を見つめ、抱き寄せた。
 「・・・不甲斐ねえ。」
 耳元で呟かれた声は、低く澱んでいた。
 「・・・どうしたの?」
 ブローズは私から体を離し、私に手紙を渡した。
 私は薄い一枚の白い紙に母の体温を感じながら、きれいな文字の綴りの上に視線を置いた。

 ちゃんと会ってお話しなければならないのに、このような方法でしかお伝えできなかったことを深くお詫び申し上げます。
 せっかく来て頂いたのに、十分なおもてなしも出来ず、本当に申し訳なく思っております。また、私たち親子の恥ずかしいいざこざに巻き込んでしまったことも、謝らなければなりません。
 あのことも、いずれ近いうちにわかってしまった事でしょう。私たちは、限界にきていました。ですから、ブローズさんが気になさることは、何もありません。いずれはこうなる運命だったのですから。
 もうあの子が帰ってこれる場所は、ここにはありません。王様からいただいていた補助金も、昨日で辞退しました。二人で食べていけるだけのお金を稼いでいくことは、このアリアハンにおいて難しいのです。私一人ならどうにかなることでも、あの子がいることで、どうにもならなくなることも出てきます。
 ですから、あの子のことはブローズさんに全ておまかせします。あの子を連れてどこへでも行ってください。あの子を愛していると言ってくれたブローズさんだからこそ、こんなお願いも出来るのです。お金はあの子の荷物の中に入っています。
 我がままだらけで本当にごめんなさい。
 どうか、あの子を幸せにしてあげて下さい。

 気がつくと、私は手紙を握り締めて、家路を急いでいた。途中人にぶつかったような気もするが、良く憶えていなかった。頭の中に浮かんでくるのは、儚げな母の姿。何かを言いかけた母の表情。言い知れない息苦しさは、別れを決意した母の気持ちがパンの香りと共に、家中に満ちていたからだろうか。
 あふれそうになる涙を必死でぬぐい、私は見えてきた我が家に走り寄った。
 玄関の扉の脇には、私が以前旅に出ていたときに使っていた防具や靴、荷物を入れておく袋などが、そっと置かれていた。袋の中には、携帯食料や薬草類、魔法石のはめ込まれた聖なるナイフ、それにどこからかき集めてきたのか、500Gもの大金が入っていた。
 私は扉を叩き、母を呼んだ。しかし、家の中からは何の音も聞こえてこなかった。カーテンは全て閉められ、中の様子を窺い知ることは出来なかった。
 二人で城の賄いやルイーダの酒場でも手伝えば、食べていくことはそう難しくはないはずだ。二人で商売を始めても良いだろうし、父が無くなったのだから、母が再婚することには何にも問題はない。
 ・・・既に、母にはお見通しだったのだ。私の決意がいかに脆弱なものか、いまだ母の裾に縋りつく子供であるか。
 こうでもしなければ、私が旅立つことが出来ないと、母はわかっていたのだ。
 私は唇をかみ締め、母に答えた。
 「母さん、私、絶対に幸せになって、いつかここに帰ってくるから。その時に、母さんが幸せになっていなかったら、許さない!」
 声は、母に届くだろうか。

 宿屋でブローズの荷物を整え、私たちは部屋を引き払った。昼もとっくに過ぎてからの出発に、宿屋の主人は心配そうな顔をして、もう一晩泊まったらどうかと勧めた。ブローズは、それをいつもの人懐っこい笑みで、やんわりと断った。心配そうな相貌を崩さない主人は、旅のお守りにと、薬草をくれた。
 宿屋からアリアハンの外に出る為には、家の前を通らなければならなかった。かしましい露店外を抜けると、家はすぐそこにある。私はしばらく家の前で立ち止まっていた。
 いざその時になると、意外と何も思い出さないものだ。
 「・・・行こう、ブローズ。」
 私は、母のまとめた荷物を背負いなおし、アリアハンを後にした。
 太陽が地平線をこんがりと焼き、稜線を金色に染めた頃、私たちは小高い丘の上にいた。既に夜のベールが彼の町の上空で凪いでいた。人の灯火は、町の姿だけでなく、周りの空気をも温かく照らし出していた。一つ一つの人の灯火が集まって、大きな町を成している。しかし、遠く離れたこの丘の上からでは、町の姿は手のひらに乗るほどの小さな焚き火のように見えた。その為に、どれが母のものであるかはわからなかった。
 私は、隣に立つブローズの手を握った。彼の手は、いつも暖かかった。
 「さよなら・・・、母さん。」
 私の声は、風に乗って、塵と消えた。





    邂逅編 2 に続く







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今年は年賀状を祖母と叔父の分までプリントした。全部で285枚。
これから自分のと父のと母のをプリントします。
来年も、あるんだろうか・・・。

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